司会者/講師・谷澤明子さんインタビュー

なぜ、あなたは輝きはじめたのですか?
司会者は人前に立つ仕事。
これからは自分自身の立ち振る舞いに自信を持って仕事をして行きたいという想いから、マナーを身につけようと決心しました。
司会の仕事に講師としても始動!「和食のマナー」を伝える谷澤明子さん
── 谷澤さんの、現在の活動内容について教えてください。
司会者・講師をしております。
司会の仕事は5年間育児に専念した後、復帰しました。
その後、講師の資格を取得して活動を始めました。
また、仕事とは別に女性の生涯学習をテーマにしたボランティア団体「コスモスジャパン関西」に所属し、代表を務めています。
── 大変お忙しいですね。ご家族の協力はあるのでしょうか。
結婚前から司会の仕事をしておりましたので、主人は協力的です。
主人も私も不規則勤務なので、ひとりっ子の息子を家に1人にしないというのがルール。
家事も育児も手伝ってくれて大変助かっています。
小学生の息子は、私の仕事をどこまで理解しているのか分かりませんが、幼い頃から家にお客様から電話があれば、テレビを消して静かにしてくれます。
息子なりに感じ取ってくれているみたいですね。
── では、司会者になろうと思われたきっかけをお聞かせください。
OL時代に、メーカーの商品企画部に配属になり、展示会で商品説明の仕事を依頼されたのがきっかけです。
お客様には標準語できちんとお伝えしたいと思い、夜間のアナウンサー養成学校に通い始めました。
当時はまさか司会の仕事をするなんて思ってもいませんでしたが、担当の先生から本格的に司会の仕事をやってみないかとお声掛けいただき、3年間勤めた会社を退職してプロダクションに入りました。
プロダクションに所属してからは、発表会・式典・学会等の各種イベントの司会、ナレーター、リポーターなど出張もあり、フル活動でした。
披露宴の司会は1日に2件担当することもあり、クタクタの毎日でしたが、出産するまでの11年間続けました。
── 出産を機に家庭に入られたんですか?
はい。やはり子供のそばについていてあげたいと思って、5年間育児に専念しました。
しかし、一人っ子ということもあって子供に100%の力を注ぐ日々が続き、「こんな子育てをしていていいの?」とか「子育てではなくて監視しているみたい」などと、悩むことも多かったです。
将来的にもスムーズに親離れ、子離れをしたいと考えて、息子が5歳になった時に司会の仕事に復帰しました。
── 講師になりたいと思われたきっかけは何だったんでしょうか。
司会の仕事に復帰はしたんですが、やはり5年のブランクを感じました。
今までは若さと勢いで突っ走ってきたけれど、こうして年を重ねてきて、これからはもっと自分の立ち振る舞いに自信を持つためにも、マナーを身につけたいと思いました。
そこで、関西作法会に入会し講師養成講座の受講を決意。マナーを身につけると同時に資格取得を目指してみようと思い立ちました。
ハードな時期を時間術で乗り越える
── 活動を始めて、初めにぶつかった壁はありましたか。
勉強する時間が全然ありませんでした。
平日・休日ともに司会の仕事が入っていましたので。
当時は家事と子育て、さらに小学校のPTA役員が重なってしまって、1日48時間欲しいと思ったくらいです。
講師養成講座は3ケ月ごとに一般マナーとビジネスマナーのテストがあり、同時にビジネス系検定の資格を取得しなければならず本当に大変でした。
── その壁はどのように乗り越えられたのですか。
子供が勉強をしているときには隣で私も勉強し、遊ぶ時はとことん遊ぶというように、しっかり切り替えをすることにしました。
ゆくゆくは子供にマナーを教えたいという気持ちもありましたし、寄り添うことで、私が目標を持って勉強する姿を見てほしいと思いました。
朝早く起きたり、子どもが寝てから勉強したり、電車の移動時間に本を読んだりと、すきま時間に勉強するなど、時間の使い方を工夫して何とか乗り越えられました。
その間には貧血を起こしたり、午前3時に起きたら6時には眠くなったりと、色々失敗はありましたよ。
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