お菓子教室Petit Four(プティフール)主宰・北野麻紀子さんインタビュー
なぜ、あなたは輝きはじめたのですか?
職人畑でやってきたので人に教える自信がなかったんですが、彼女の「やってみないことには誰だって自信なんかつかない。とにかくスタートする事が大切」という言葉に、背中を押されました。
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パティシエールの技術を活かして飛躍!お菓子講師・北野麻紀子さん
──現在の活動内容について、教えていただけますか?
自宅をメインに、お菓子教室をしています。
お菓子教室では、クッキーの上にお砂糖でデコレーションしたアイシングクッキーや、誕生日のデコレーションケーキを作ってもらったり、季節ごとにメニューを変えたお菓子を作ってもらったりしています。
曜日は固定せず、生徒さんの希望が入ればスケジュールを組み、最大定員4名までの少人数でアットホームな雰囲気です。
また自宅以外でも、お声がかかれば行かせてもらっています。
公民館やマルシェなどのイベントのワークショップ、大津市内の「アミング」という雑貨屋さんに月一回か二回、定期的に呼んでいただいたり。
現在の自宅外での活動場所は、すべて滋賀県内です。
──お菓子教室の講師として活動するに際して、新たに取得された資格はありますか。
20代の時にパティシエールとして働いていて、その頃に取得した製菓衛生師と洋菓子2級技能士という国家資格は元々持っていまして。
パティシエールを辞めた後に、日本サロネーゼ協会という民間団体のアイシングクッキー講師とフラワーケーキ講師の民間資格を取りました。
そしてつい最近、5千人以上いるアイシングクッキー講師のうち120人ほどしか居ない、トップクラスのマスター資格に合格し、講師養成が出来るようになりました。
なので、今後はアイシングクッキー講師の養成にも力を入れていきたいですね。
職人仕事に打ち込み、異業種へも挑戦した20代
──パティシエールになるまでの経緯と、働き始めてから職場を離れるまでの経緯を教えてください。
高校は家政科に通っていたんですが、食物関係のコースを選択していた時にお菓子作りの面白さに目覚めました。
そして高校卒業後、大阪の辻製菓専門学校に一年間通い、その後に京都の個人経営のケーキ店に就職し、19歳から27歳までの8年間勤めさせてもらいました。
パティシエールと言っても、ほとんどが下積みだったんですけれど、本当にたくさんのことを学びましたね。
お菓子の世界は意外と男性社会で、そのパワーとスピードについて行くのがすごく大変で。
朝6時半には出勤して下準備をし、夜8時に閉店後、クリームを絞ったり塗ったりの練習で10時や11時まで残ることもざらにありました。
20代で若かったとはいえ、さすがにこたえてしまったようで…。
腰を痛めたりメンタル的に沈む事が多くなったりと、心身ともに疲弊してしまって、27歳の時に一旦パティシエールを辞めることにしました。
──ケーキ店を退職後、何か別のお仕事をされていたんですか?
ずっと働き詰めだったので、一年ぐらいぼんやりと過ごそうと思ったんですが、ただゆっくりするのもなんだしハローワークに行ったんです。
そこで職業訓練の学校を勧められて、まったく畑違いの介護ヘルパー1級の資格を取得し、その後に介護施設で5年間働き、介護福祉士の資格も取得しました。
介護の仕事をしている間に結婚、妊娠があったんですが、切迫流産を経験したことで仕事に復帰するのが怖くなってしまい、介護の仕事も辞めることに。
その後、無事に年子で2人の子どもを出産し、しばらくは育児に専念することにしました。
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